ノルマのない保険会社の行く末


吉本興業の件と同列に扱うのは大変失礼かもしれませんが、由緒ある様々な業種で古くから用いられている『しきたり』のようなものとして、保険営業における『ノルマ』の存在も、その一つと言えるでしょう。

もともと、ロシア語に端を発する『ノルマ』ですが、その語源等は専門のサイト(例.http://yurai-naze.com/norm/など)に任せておくとして、数学科出身であれば関数解析等で登場する『ノルム空間』の『ノルム』と同義語であると聞けば、その意味(規範,規定量など)がイメージし易いかもしれません。

そこで、今回のコラムでは、『営業ノルマのない保険会社』が成り立つのかについて論点を列挙してみましょう。なお、特定の保険会社等を念頭に置いている訳ではない点を予めお断りしておきます。

1.募集手数料体系をどうするか
保険外務員の募集手数料体系は、当然、フルコミッション(=固定給ゼロ)にすべきでしょう。実際、ノルマがないため、獲得した新契約量に応じた手数料支払いとせざるを得ず、逆に、固定給が存在すれば、それを狙って、新契約を全く獲得しなくとも固定給が貰えることを喜ぶ人たちばかりになる恐れがあります。
もっとも、各都道府県には『最低賃金』が設定されていますので、例えば、東京都の場合(※)では、『985円+28円(目安)』、つまり、『時給1,000円』を満たす必要があり、会社側からすれば、給与とは別に、一定期間(例.3か月など)で一定の新契約が獲得できない場合には、外務員との委託契約等の解除に踏み切らざるを得ないかもしれません。
一方、固定給を存続させた場合、果たしてその財源はどこから来るのでしょうか?
新契約がゼロであるにも関わらず保険外務員に対する給与(新契約費)が発生すれば、当然、保有契約全体でカバーせざるを得ないでしょう。その意味からも、ノルマを廃止する前後でポートフォリオを分割し、少なくとも、新契約費の予実管理を遂行すべきでしょう。
そもそも、決算状況表に新契約高がゼロで計上され、その一方で、事業費実績表等で新契約費がプラスで計上された場合、主務官庁から保険会社に対してどのような行政指導がなされるのか、非常に興味がありますが。

※ 金額は以下のサイトから引用。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/
https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/000534186.pdf

2.将来の成長戦略をどう描くのか
保険会社にとって中期経営計画など将来の成長戦略は極めて重要なテーマでして、当然、将来獲得するであろう『新契約高』も当該計画を立案する上で重要なファクターになることは言うまでもありません。
しかし、ノルマがない以上、新契約高が見込めず、結果的に信頼性のある中期経営計画が描けない恐れがあります。この場合、株主への責任(保険株式会社の場合)、株価低迷など、会社の経営基盤の『乱れ』を誘因する可能性も否定できません。

3.提携会社との関係
自社商品の販売委託を当該会社が請け負っている場合、当然、何らかの営業目標を設定することが通常でしょう。
しかし、ノルマを廃止するのであれば、その請負に対してもノルマがない、ということになりかねませんので、販売を委託する側からみれば、やはり、その部分の経営計画が立案できないということになります。株主という立場ではありませんが、利害関係者として相当の影響を受ける可能性があります。
なお、某大手生保の主力商品は、実にその4分の1が委託先による販売だそうです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190726-00209958-diamond-bus_all

4.既契約者への責任
保険会社の利害関係者という意味では、株主、委託元だけではありません。大切なお客様、そう、既契約者のことも念頭におく必要があります。たとえ、新契約がゼロになっても保険金支払い財源を確保する必要がありますし、選択効果が希薄になっても危険差益を埋める他の財源(特に、費差益)が必要となるでしょう。
首尾よく、追加責任準備金を(潤沢に)計上していたとしても、永久に取り崩しできる訳ではありませんし、そもそも、当該準備金に大きく依存する経営自体がいかがなものか?という考え方もあり得ます。

いかがでしたか?近年、『ブラック企業』という単語が就活生を中心に広まっておりますが、ノルマのない営業職は、まさに、『ブラック企業』の対極にあるといっても過言ではないでしょう。
しかし、目標のないところに成長を求めるのは難しく、たとえ、ゼロサム成長を目指したとしても、従前と同じ量を稼ぎ出す新商品などを出し続けることは、そう簡単ではありません。

(ペンネーム:活用算方)

あわせて読みたい ―関連記事―