新型コロナウイルスと生命保険


新型コロナウイルスが連日、報道されていますが、有効なワクチン等が開発途上の中、新たな病気が蔓延することの恐怖から一日も早く逃れたいという気持ちは、国籍を問わず、人類共通の思いです。

また、生命保険の普通保険約款では、『災害』に『感染症』の一部が含まれるため、このように新たな病気が発生した場合、『災害』死亡保険金や『災害』給付金(例.入院給付金など)の対象になるかどうかに一喜一憂するという事態が起こりかねません。

そこで、今回のコラムでは、主に生命保険の普通保険約款にスポットを当てて、このような新型の病気に対して、アクチュアリーとして留意すべき事項について、思いつくままご紹介してみましょう。

1.コロナとは
コロナウイルスを電子顕微鏡で見ると、ウイルスの表面に見られる突起の形が王冠“crown”に似ていることから、ギリシャ語で王冠を意味する“corona”という名前が付けられたようです。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html
そういえば、普段、何げなく愛飲している『コロナ・エクストラ・ビール』のコロナも、『王冠』が由来なのかもしれません。

2.災害の定義
『災害対策基本法』の定義(第2条)によれば、災害とは、『暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害をいう。』と定義されています。
一方、辞書的な意味としては、例えば、広辞苑では「異常な自然現象や人為的原因によって人間の社会生活や人命に受ける被害」とされています。
では、生命保険や損害保険における『災害』とは、どのように定義されているのでしょうか?筆者の知る限り、概ね、以下のような定義であると思われます。
生命保険:不慮の事故および所定の感染症
損害保険:自然災害、傷害、ケガ
 つまり、災害保険金のように給付金の名称に『災害』が含まれているにも関わらず、普通保険約款等における定義では、災害以外の名称で定義されているという点に注意が必要です。

3.生命保険での取扱い
上述の通り、生命保険では、「不慮の事故」および「所定の感染症」が災害の定義となります。このうち、不慮の事故については、概ね、以下のように、対象となる事故そのものではなく、当該事故の発生原因をもって定義することが多いようです。

『対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故とします。
急激・偶発・外来の定義
1.急激:事故から傷害の発生までの経過が直接的で、時間的間隔のないことをいいます。(慢性、反復性、持続性の強いものは該当しません。)
2.偶発:事故の発生または事故による傷害の発生が被保険者にとって予見できないことをいいます。(被保険者の故意に基づくものは該当しません。)
3.外来:事故が被保険者の身体の外部から作用することをいいます。
(身体の内部的原因によるものは該当しません。)』

一方、「所定の感染症」については、以下のように、少なくとも3種類の定義がある模様です。
定義1:病名を列挙
https://www.aflac.co.jp/yakkan/pdf/kashikoku_78419800.pdf
https://www.taiju-life.co.jp/products/pdf/taiju/yakkan_201904.pdf
https://www.jp-life.japanpost.jp/products/clause/pdf/syusin/201904/syusin_2019_04.pdf
定義2:法令で定義(ただし、法令の日付を明記)
https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/service/pdf/long_life_yakkan_191001.pdf
定義3:法令で定義(ただし、法令の日付を明記)
https://www.yuchokampo.go.jp/kampo/pdf/yak/02shusin.pdf
なお、保険会社向けの総合的な監督指針では、一類、二類および三類感染症が基礎率変更権の対象となることが想定されています。
『IV -4 第三分野
第三分野の商品審査にあたっては、特に以下の点に留意して審査することとする。
IV -4-1 基礎率変更権の設定について
第三分野保険の基礎率変更権の設定に関し、規則第11条第1項第7号イに定める審査基準に基づいて審査を行う場合は、以下の点に留意して審査するものとする。
(1) その他これに準ずる給付を行う保険契約とは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年10月2日法律第114号)に規定する一類感染症、二類感染症、三類感染症に対する人の状態等に対する給付を行う保険契約とする。』
https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/ins/04.html

一方、『新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令』では、新型コロナウイルスは、感染症予防法の第6条第8項の『指定感染症』に該当するため、上記の約款等の定義では、少なくとも、『災害』には該当せず、かつ、基礎率変更権の対象とはならない可能性が高いものと思われます。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000589748.pdf

4.損害保険での取扱い
損害保険では、『ケガ』という用語は使用されているものの、生命保険のように『災害』や『不慮の事故』という用語は登場しない模様です。
http://www.sjnk.co.jp/~/media/SJNK/files/kinsurance/yakkan/kokunai1409_yakkan.pdf
 なお、『特定感染症危険補償特約』を付加すれば、損害保険でも感染症の一部が補償される模様ですので、逆に、当該特約が付加されていなければ、補償対象とはならない可能性があります。
https://www.sjnk.co.jp/covenanter/archives/nk/faq/119/
 もっとも、生命保険の場合でも、災害割増特約や傷害特約等を付加して、初めて、不慮の事故等が手厚く保障されるという意味においては、同じ取扱いと言えるかもしれません。

5.保険実務上の留意点
最後に、保険実務上の留意点を記しておきますので、アクチュアリー第2次試験対策の一助となれば幸いです。

(1)お客様目線に立った約款
一般消費者はもちろん、保険会社に勤めている人でも、その内容を完全に理解することが難しいと言われる『普通保険約款』ですが、『災害』の定義をはじめとして、その平明化に常に配意する必要があります。できるだけ文字を大きくしたり、条文中で難解と思われる用語等に対して、適宜、備考欄や参照条文番号を記載するなど、読みやすさへの配慮が求められます。

(2)『その他の変乱』の定義
生命保険金支払の免責条項として、例えば、ガン保険における『90日間の待ち期間』や一定期間(例.加入後3年間など)の自殺免責などがありますが、『戦争・その他の変乱』も(ただちに免責というわけではありませんが)保険金の削減支払条項として有名だと思います。なお、『戦争』は比較的イメージし易いと思いますが、『その他の変乱』は具体的にイメージできるでしょうか?
筆者が保険会社に勤務していた頃、当時の約款担当チームの先輩から、『その他の変乱とは、通常の警察力を用いても制御できないような状態で、具体的事例としては、新宿騒乱事件などが該当する。』とのコメントをいただいた記憶があります。某社が作成した『約款解説書』のような資料がネタ本になっているようで、ひょっとすると、生命保険協会等の業界団体が作成した、権威ある資料なのかもしれません。なお、生命保険支払専門士試験を受験したのですが、『その他の変乱』についてはテキスト等では解説されていないように記憶しています。(記憶違いであればお詫びいたします)

(3)基礎率変更権の発動基準
『監督指針』では、一類から三類感染症までが基礎率変更権の対象になっている模様ですが、もし、基礎率変更権を導入している場合で、これらの感染症に新たに病名が追加された場合に、当変更権をどのように発動するのかを、事前に定めておく必要があります。

(4)保険金支払基準(特に、削減基準)の策定
第二時世界大戦(国が50%を再保険で引受)、兵庫県南部自身、東日本大震災など、最近の大災害でも生命保険金は削減されることなく支払われてきました。このうち、戦争は横に置いておくとして、大地震の場合に、全額支払うというのは危険準備金などの内部留保との兼ね合いになります。
しかし、感染症の場合には発生してから収束するまでの時間を正確に読み取ることが一般的には難しく、極端な場合、発生して短期間での保険金請求は100%支払うものの、長期間経過後の請求に対しては、被害額の全体像が見えてくるまで支払額を少なく見積もって、最後に精算するなどの方策が必要になるかもしれません。
まさに、保険金支払に対する『受取人の公平性』の問題が露呈する恐れがあります。

(5)ベストエスティメイトの設定
将来収支分析やエンベディッド・ヴァリュー等の計算のため、将来のキャッシュ・フローを策定するために、何らかのベストエスティメイト(最良推計)を設定する必要があります。ベストエスティメイトの設定時にはある程度保守的なものとすることが少なくないと思いますが、逆に、過度に保守的なシナリオも判断を誤らせてしまう危険性があります。
例えば、毎年毎年、東日本大震災が起こる可能性はゼロではないかもしれませんが、そのままシナリオに織り込んでしまうと、保険料水準等が過大になってしまい、結果的に、保険ビジネス自体が成立しないという結果にもなりかねません。
その一方で、新型コロナウイルスのような新たな感染症などをどのように織り込むかも判断が難しいところです。

いかがでしたか。上述の『先輩』からは、『感染症が災害保険金の対象になった経緯には有力者(例.政治家など)からの強い要望があったらしい。実際、ある地方で感染症が流行した際、“医学的には身体内部から起きる症状かもしれないが、原因となるウイルスは身体の外部から急激に侵入するのだから、災害保険金の対象とすることは検討に値するのでは?”との提案に基づいている。』と伺った記憶があります。
地震保険が故・田中角栄氏によって創設されたのと同様に、(政治家ではなく)一般市民の声を“忖度”するような政策が1つでも多く増えて欲しいと切に願うばかりです。

(ペンネーム:活用算方)

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