企業価値を高め再生・成長を手掛ける。PEファンド業務から見るビジネスのダイナミズム


FAS (ファイナンシャル・アドバイザリー・サービス)業務を経験した方の中には、次のキャリアとしてPEファンドを選ぶ方も少なくありません。ファンド業務の面白さや、必要な経験、スキルには何があるのでしょう。今回は、公認会計士として監査法人に勤務したのちファンド業界に転職した吉岡拓哉さんに話を伺いました。

――監査法人からファンド業界へキャリアチェンジをはかりました。その経緯を教えてください。

PEファンドに転職した理由は2つあります。
まずは、PEファンドが担う社会インフラ機能としての魅力です。

人口の減少等によって市場の持続的な成長が見込めなくなった業界では、景況感自体の短期的な高低に関わらず、停滞・不調に陥る企業は少なくありません。また、時代の変化のスピードに追い付けずに、淘汰の危機に晒される企業も増えていくでしょう。

PEファンドは、そういった企業に新たなソリューションを提供することで価値向上に努めたり、あるいは、産業再編の触媒となったりすることで、経済力・産業力の向上に寄与できると考えています。つまり、エクイティ出資を通じて、社会的に必要な機能を提供できる点に大きな魅力を感じました。

もう1つは、自己成長の観点です。

前職で経験した監査・会計アドバイザリー業務は、幅広い業種のクライアントへのサービスを通じて多様な経験を積むことができる点に魅力を感じつつも、財務的数字に現われない、所謂ビジネスの本質的な部分には触れることができていない感覚がありました。より包括的に、より中長期に亘って、企業の価値向上に貢献したいという思いがありました。

――企業の事業再生、価値向上に意義を感じるようになったきっかけはありますか?

個人的なことですが、「父の家業を継げなかった」という体験が大きく影響しています。「いずれは事業を継ごう」と思いながらも、前職の監査法人で働いていたとき、父が突然体調を崩して急逝してしまったんです。突然のことだったので会社も一緒に畳むしか方法がなく、それをただ見ていることしかできませんでした。こんな風にもどかしい思いを抱えている人は全国に沢山いるはずだ。その思いが、ファンドに挑戦する理由の1つになりました。

――ファンド業界の中でも、ニューホライズンキャピタルを選んだ理由は何ですか?

過去に100社以上の再生・成長支援を手掛けてきた実績、その過程で蓄積された経験とノウハウを直に吸収できる環境に身を置きたいという気持ちが決め手でした。三菱自動車といった大規模企業から、たち吉のような伝統産業まで、多種多様な投資経験を有する歴史あるファンドには、豊富な知見が集積されているだろうと考えました。また、地方の中堅中小企業の再生・成長支援や事業継承に力を入れており、今の日本社会が抱える課題に取り組める土壌がある点も魅力でした。

――PEファンドの具体的な業務内容について教えてください。

私が当社に入社して経験した業務は「ファンドレイズ業務」、「フロント(投資)業務」及び「ミドル・バックオフィス業務」の3つです。

①:ファンドレイズ業務
PEファンドは、機関投資家、生損保をはじめとした事業会社、地方銀行や信用金庫といった金融機関等から資金をお預かりし、その資金を企業への投資に充当し、投資先企業の株式の売却(Exit)を通じて得られたキャピタルゲインを投資家にお返しすることになります。

具体的なファンドレイズ業務としては、このような投資家候補を往訪し、当社の投資哲学や投資理論、過去のトラックレコード等をご説明し、投資資金を募ることになります。

②:フロント業務
投資業務は、案件発掘・投資実行・投資後のバリューアップ支援・Exitといったように、多岐の業務に亘りますが、大きく(ⅰ)投資実行前と(ⅱ)投資実行後のフェーズに分けられます。

投資実行前は、業界調査やキャッシュフローモデルを通じた財務分析、金融機関との交渉等が主な業務となります。

また、投資実行後は、企業に実際に赴いて、企業の方とともに企業価値向上を目指すハンズオン型支援が中心です。おおよそ3~5年間株式を保有し、売上増加や利益改善だけでなく、ガバナンスやコンプライアンス等、数字に顕在化しない部分を含めた包括的な支援を行います。その後は、IPO(株式上場)や事業シナジーの見込める事業会社への株式譲渡等によるExitフェーズへ移っていきます。

③:ミドル・バックオフィス業務
投資成果であるキャピタルゲインの分配や投資家に対するIR業務、また、ファンドのアカウンティングやディスクローズ業務が中心であり、会計士としてのスキルや経験が比較的実務に直結しやすい分野です。会計士からのキャリアチェンジをする上では、自身の強みを発揮できるポジションであり、また、ファンドの仕組みや流れについて深度ある理解をする上で有効なキャリアパスの1つとも考えます。

――3つの業務を経験できたことで得られたものとは?

これら3つの業務は、いずれもファンド運営の根幹を成し、密接不可分で、相互補完的な業務だと考えます。これらを一気通貫して経験できたことで、ファンド業務の体系的理解及び多面的な視点での検討を行うスキルを培うことができたと考えています。

例えば、ミドル・バックオフィス業務は、ファンド決算やレポーティング資料の作成のみならず、ファンド設立の実務に至るまで汎用的かつ専門的なスキルを身に付けることができます。

また、ファンドレイズ業務の一環で実際に投資家候補を往訪し、お預かりした資金を投資するというのは、一層の責任感や緊張感を肌で感じることができます。投資案件の実行からExitまでを意識するのみならず、最終的に投資家にキャピタルゲインをお返しし、次のファンドの組成まで見据えるといった具合に、ファンド全体を俯瞰する意識も身に付くと思います。

――PEファンド業務の難しさ、面白さとは?

投資前の分析内容が、現場に出ると机上の空論だった――。そんな場面に何度もぶつかるのが難しさであり面白さでもあります。「この商品は伸びる」と予測しても、天候不順や為替変動といった管理不能な要因で大きく外れることもあり、画一的な分析だけでは現実を捉えられない難しさを痛感します。小さな経験からの学びを吸収し、次の付加価値にいかに繋げていくか。検証を重ねて新たなソリューションを見出すことが、ファンド業の醍醐味だと思います。

私が関与した投資先企業の1社では、約3年をかけて社員の方と同じ目線で事業の成長を考え、試行錯誤を繰り返しました。同社の成長の軸となる自社ブランド商品の売上高が増加し、数字として結果が出せたときは、安堵とともに大きな達成感がありましたね。

――PEファンド業務を進める上で、前職の経験はどう生きていますか?

会計士のバックグラウンドは多分に生きます。例を挙げても切りがないですが、投資時の財務モデルの作成、買収スキームの構築、投資後の内部管理体制の整備、及びファンド決算書の作成等いったものが具体的な業務です。当社を例に挙げれば、会計士としての強みを発揮すべく、ミドル・バックオフィス業務で研鑽を積みながら、フロント業務のサポートも並行して経験することができます。入社時からこのようなキャリアを積んだメンバーも在籍しており、働き易さも感じております。

――PEファンド業務に必要なスキルや要素とは?

PEファンドの業務は金融面だけでなく、ビジネス面や事業面を含めたスキルが必要になります。会計士であれば、その知識にいかに付加価値をつけられるかが重要になります。

当社には、投資銀行系、コンサルタント、弁護士や会計士等、様々なバックグラウンドのメンバーが在籍しています。ファンド業務は、状況や場面に応じて必要なスキルが変わってくるので、自分の特定のスキルや経験だけに固執するのではなく、自分にはない専門性を持ったメンバーといかにチームワークを高め、力を引き出しあってパフォーマンスを上げていくかが肝要です。例えば、投資後のバリューアップや事業計画のプランニングは、コンサル系出身者が得意ですし、金融機関との調整は、その業界にいた方が強い。お互いの力を尊重し合いながら、能力の違うメンバーとやりとりをする高いコミュニケーションスキルも求められます。

――PEファンド業界を取り巻く市況感について、感じていることはありますか?

少子高齢化が進む中、次世代の担い手がいない企業の事業承継は社会問題の一つです。M&Aのニーズは明らかに増えていますし、その中で、ファンドの認知度も高まっていると感じています。

これまでは、ファンドというとハゲタカのイメージが強く、毛嫌いされる場面もありましたが、昨今は、「特定の事業会社の色がつかない」というメリットを感じてくださるケースも増えています。例えば、強い文化を持った事業会社の傘下に入ると、どうしても慣習の違いによる対立が生じ、統合の妨げになることが多くなります。その点、PEファンドであれば、対象企業の文化や色をそのまま残して経営を維持していくことが可能です。

社会に価値を還元できるというファンドの特性が、より広範に認知されていくことを願っています。

――これからPEファンド業界に挑戦したい、と思っている方へメッセージをお願いします。

企業は生き物で、正解がありません。日々変化するビジネスの動きに対峙して、自身も成長したいと思う方にとって、ファンド業務はとても刺激的な仕事だと思います。

また、M&A市場は、活況を呈しており、M&Aに関連する業務は多様性を帯びてきている中で、様々なキャリアパスを描けるのも、この仕事の魅力です。

M&Aアドバイザリー業務をすべく、大手金融機関や証券会社のアドバイザリー部門に行く道もあれば、投資に携わる別の道としてベンチャーキャピタルに行く道もあります。あるいは、事業会社のM&A部門や経営戦略部門に入るという選択肢もあるでしょう。自身の強みがどこにあるのか、また、M&Aのどのフェーズに一番面白さを感じているかによって、色々なキャリアを描いていけると思います。

<プロフィール>
吉岡 拓哉(よしおか たくや)さん   公認会計士
ニューホライズンキャピタル株式会社 シニアマネージャー。

大学卒業後、2011年にあずさ監査法人入所。通信業、広告業、製造業の企業を中心とする監査業務、会計アドバイザリー業務などに従事。2015年にニューホライズンキャピタルに入社。フロント業務、ファンドレイズ業務及びミドル・バックオフィス業務を兼務。

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