健康増進型保険とアクチュアリー


最近、日々の歩数や保険会社所定の健康増進活動などで給付金が受け取れたり、保険料が割り引かれたりする仕組みの、いわゆる『健康増進型保険』が幾つかの保険会社から発売されています。

特に、ビッグデータの活用やAI時代に相応しい保険のあり方として、今後ますます注目されそうですね。

そこで、今回のコラムは、『健康増進型保険』の普及が、日本の生命保険業界にとって、どのような影響を与えるか、特に、アクチュアリーの観点から注目すべき点を幾つかご紹介しましょう。

なお、当コラムは、特定の会社および特定の保険商品を念頭においたものではない点を、予めお断りしておきます。

1.経過年数別の選択効果
生命保険の加入時には告知や診査といった、いわゆる健康状態が一定以上に良好な者のみを加入させる仕組みがありますので、通常、加入後の一定期間(例.5年~10年など)は死亡率などの実績が国民全体と比べて良好な結果を示し、その後、経過年数とともに国民全体の水準に近づくことが多いようです。これが『選択効果』と呼ばれるものです。しかし、加入後に健康増進プログラムを利用することで、人によっては加入時よりもむしろ健康状態が改善することが考えられ、結果的に、経過年数別の死亡実績などが『右下がり』、つまり、経過が進むほど(悪化ではなく)改善するという現象が生じる可能性があります。そこには、今までの常識が通用しない世界が待っているかもしれません。

2.リスク細分化
1年ごとの健康状態に応じて、翌年度以降の保険料が調整されるため、自動車保険のように加入後の事故歴などに応じたきめ細やかなリスク細分化が図られます。これは、加入時の健康状態、喫煙状態などのみで決まる、従来のリスク細分化とは全く異なる概念であり、ある種、被保険者自身が自分のリスクをコントロールして、結果的に保険料水準にも反映させるという画期的な仕組みといえるでしょう。

3.IT投資
当然ながらIT面での初期投資が不可欠ですが、この初期投資をいつまでに回収するのかが課題となります。短期間での回収は一部の契約者に過度な負担を強いることになりかねず、一方で長期間に渡る回収では、保険期間の長短による不公平感、特に、終身型の保険加入者に恒常的な負担を強いるため、契約者間のバランスをいかに保つのかが重要になってくるでしょう。

4.選択基準
加入後の健康増進プログラムの効果を期待して、加入時の査定基準を緩和し、広く加入者を募る効果が期待されます。このため、既存の査定基準を見直すことも視野に入れる必要があります。

5.ビッグデータの収集
上記の『選択基準』とも関連しますが、加入時の査定基準を緩和して加入者を広く集めることができるため、従来になかった大量データを入手できる可能性が高まります。このため、集めたビッグデータの分析力の差異が、今後の保険会社の優勝劣敗を決める主たる要因になるかもしれません。あるいは、データ分析力のある事業会社と提携することが、今後のビジネスチャンス拡大のカギとなるかもしれません。

6.消費者の理解
従来、病歴などで保険加入を諦めていた方々にも加入できるチャンスを与えられるという効果も期待されます。一方で、健康増進効果の定義を明確にしなければ、後々のトラブルを誘発しかねません。いぜれにせよ、消費者の理解を最優先に考えなければならないでしょう。

7.平準保険料のあり方
明治時代に福沢諭吉により紹介された生命保険制度では、いわゆる平準保険料が採用され、加入から契約消滅まで被保険者の実年齢が上昇しても毎回の保険料は変わらないこととされています。それに伴い、保険数理的には責任準備金(保険料積立金)の積立が必要となり、その負債に見合う資産を用いた資産運用も保険会社の固有業務として保険業法で規定されているところです。これは推測ですが、おそらく、当時の事務処理能力の観点からは毎年保険料が変更される仕組みは馴染まないため、この平準保険料という仕組みが採用されたように思えます。もちろん、昨今のIT技術をもってすれば保険料を毎年変更することなど容易でしょうが、未だに、この平準保険料が採用されているのも事実です。
しかし、健康増進型保険の台頭により、平準保険料の概念が崩壊する可能性もあり、むしろ、同じ被保険者であっても毎年のリスクの多寡に応じて保険料を柔軟に変える、さらには、自助努力で将来の保険料が下がることで健康状態の改善という大きなインセンティブにも繋がることでしょう。

8.詐欺との戦い

百聞は一見に如かずとは、まさに、このことですね。

※健康増進型保険においては、毎日の歩数を計測しまして、一定以上の歩数を満たせば、保険料を割り引くという仕組ですが、その歩数を満たす為にスマホを揺らす道具が販売されているそうです・・・。

いかがでしたか。健全性と公平性(衡平性)は、アクチュアリーのみならず保険会社にとって極めて重要な概念ですが、特に、公平性の視点である、『同じリスクには、同じ保険料とすべき』という基本的スタンスに、今後どのような影響を及ぼしていくのか、アクチュアリーならずとも、今後の動向が非常に気になりますね。

(ペンネーム:活用算方)

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