実務基準の改正


2021年(令和3年)に金融庁から公表された2つの報道発表資料:
https://www.fsa.go.jp/news/r2/hoken/20210423/20210423.html
https://www.fsa.go.jp/news/r2/hoken/20210630/20210630.html
にある改正案にしたがい、2022年(令和4年)4月1日から、米ドル・豪ドル建て保険契約の一部が、標準責任準備金の対象になりました。

同告示の改正に伴い、「生命保険会社の保険計理人の実務基準」(以下「実務基準」)に関する改正案が現在、日本アクチュアリー会ホームページで、パブリックコメントに付されております。
https://www.actuaries.jp/info/20230201.html

そこで今回は、実務基準の改正について、個人的意見等を含めてご紹介いたしましょう。
なお、当コラムは、アクチュアリー試験(生保二次)対策にも役立つものと考えられますので、お近くに同試験の受験生がいらっしゃれば、是非、当コラムをご案内いただけますと幸いです。

また、当コラム執筆時点では、上記パブリックコメントの結果が公表されていないため、同結果次第では、実務基準等の改正案が修正される可能性があることを、念のため申し添えます。

1.標準責任準備金の対象契約

標準責任準備金の対象契約に関する法令等は以下のとおりです。
まず、保険業法第116条第2項で、“長期の保険契約で「内閣府令で定めるもの」に係る責任準備金の積立方式(以下略)”と規定されています。(記者注:「 」は筆者が追加)
この、「内閣府令で定めるもの」とは、保険業法施行規則第68条で、“次の各号の一に該当しないもの”とされ、「金融庁長官が定めるもの」がその1つです。

なお、上記の金融庁資料では、同条の“第2項第4号及び第3項第4号”となっていて、第1項は含まれてない点に注意しましょう。(記者注:同条第2項以降に登場する“前項の規定にかかわらず”、“前2項の規定にかかわらず”という規定から、同条第1項は既に効力を持たないものと思われます。)
さらに、この「金融庁長官が定めるもの」とは、金融庁告示第24号で、“外国通貨(アメリカ合衆国通貨及びオーストラリア通貨を除く。)をもって保険金、返戻金その他給付金(中略)の額を表示する保険契約”がその1つです。
つまり、今回の告示改正前の段階では、上記の“(アメリカ合衆国通貨及びオーストラリア通貨を除く。)”の部分がなかったため、これらの通貨による保険契約が、標準責任準備金の対象外となっていたわけです。

また、標準責任準備金の対象となる米ドル・豪ドル建て保険契約は、一般勘定での運用、すなわち、予定利率が保証されているものが対象となります。というのも、上記の金融庁告示第24号では外貨建保険以外にも、“責任準備金が特別勘定に属する財産の価額により変動する保険契約(であって、保険金等の額を最低保証していない保険契約)”も「金融庁長官が定めるもの」の1つとなっており、そもそも、標準責任準備金は一般勘定が対象となるためです。
もっとも、“外貨建保険=特別勘定商品”という固定観念を持たれる方も少なくありませんので、標準責任準備金を理解するためには、対象商品の商品性(例.外貨建保険で外貨のまま予定利率を保証。ただし、為替リスクは契約者が負う。)も正しく理解する必要があります。まあ、アクチュアリー試験対策で言うと、「生保2」を学習するためには、商品開発に関係が深い「生保1」もきちんと理解する必要があるという感じですね。

なお、上記ホームページの本文中、「2.公布・適用日」で、“本件の告示等は本日公布し、平成13年金融庁告示第24号の改正については令和4年4月1日、その他の改正については令和3年10月1日から適用”とあります。この、“その他の改正”の適用日が令和3年10月1日になっているのは、外貨建保険契約についても、保険料払込方法が一時払以外契約の「標準利率」の算定基準日が、同利率適用開始の前年10月1日となるため、令和4年4月1日時点で、当該契約に適用される「標準利率」を確定させる必要があったものと推測されます。実際、今年度の第一四半期決算で、当該改正の影響に関するコメントをされた保険持株会社が存在しています。
https://www.ms-ad-hd.com/ja/ir/ir_event/event/presentation/main/01111118/teaserItems1/0/linkList/03/link/FY2022_1Q_qa2_j.pdf

2.1号収支分析の対象契約

実務基準第9条(責任準備金積立ての確認)で、“以下の条件に合致する保険契約の責任準備金については 1 号収支分析を行わなくともよい。”とされていて、具体的には、以下の4つの保険契約が挙げられています。(読みやすいように表現を簡素化しています。)
・特別勘定に属するもの(保険金等の額を最低保証していないもの)
・保険料積立金を積み立てないもの
・約款で責任準備金等の計算基礎が変更できるもの
・その他、必要な定めをすることが適当でないもの
つまり、金融庁告示第24号のような“外国通貨”という用語がそもそも含まれていないことから、当該部分についての修正は特に不要と考えられたものと思われます。

なお、日本アクチュアリー会からのパブリックコメントでは、実務基準のみの新旧対比表が公開されており、「「生命保険会社の保険計理人の実務基準」解説書」(以下、「解説書」)の新旧対比表はありません。恐らく、解説書は、同会ホームページの会員専用ページのみにあるため、パブリックコメントにおいても、そのルールを踏襲したものと思われます。
もちろん、アクチュアリー試験対策としては、解説書の2ページにある「表」は非常に分かりやすいため、特に受験生の方々はこの表を丸暗記する勢いで試験に臨んで頂くのがよいと思います。くれぐれも、“標準責任準備金の対象契約=1号収支分析の対象契約”と思い込まないように注意してください。

3.第13条の2(1号基本シナリオ)

まず、MVAに関する記述が追加されていますが、金利シナリオに「金利低下シナリオ」が含まれるため、保有債券等の資産側において金利の低下で含み益が増加することから、流動性に問題がない場合には、含み益を責任準備金の積立財源として認める案になっているものと思われます。
また、邦貨建保険については日本国債による利回りが参照されるため、いわゆる「信用リスク」は加味しないですが、今回の米ドル・豪ドル建て保険契約に対する標準利率の算定では、国債ではなく「格付けがA以上の社債」が使用されるため、期待信用損失を加味する案になっているものと思われます。
なお、格付け「A」は良好なようにも見えるのですが、資産運用の世界では、格付け「BBB」以上が投資適格とされているようですので、決して高いとは言えないのかもしれません。
https://www.jsda.or.jp/jikan/qa/046.html

4.経過措置

1号収支分析(2-1)に用いられる「1号基本シナリオ」(実務基準第13条の2)は、現在、“外貨建資産の資産運用収益:ニューマネーは、すべて長期国債(国内)に投資し、オールドマネーは、直近の長期国債応募者利回りで運用収益が得られるものとする方法(ただし、為替レートは直近のものを使用)。”が規定されています。
今回の改正では、第29条(3号収支分析)、第34条(3号の2収支分析)の将来収支分析を行う際のニューマネーについて、負債通貨が米国または豪国通貨の場合、「長期国債(国内)」を「負債通貨建の社債A格(10年)」に、「国債(国内)」を「負債通貨建の社債(A格)」と読み替えずに改正前の取扱いも、当分の間認められますので、少なくとも、3号収支分析および3号の2収支分析では、従来の方法で今年度決算を行うことも可能なようです。

もっとも、米国または豪国通貨のA格社債利回りに比べて、日本国債利回りの方が(現時点では)相対的に利回りが低いため、当該経過措置を適用した方が、より保守的な将来収支分析となる可能性が高いことから、このような経過措置が設けられていることも考えられます。
なお、実務基準には、(頭に“長期”が付かない)「国債(国内)」という用語が登場しませんので、“解説書の改正もあるんだなあ”と感じられる方は少なくないかもしれませんね。

いかがでしたか。いよいよ、2022年度の決算が近づいて参りました。実務基準等の改正に加えて、今回は特に、日銀の方針変更(=長期金利の上限拡大)等による金利上昇で、実務基準上の金利シナリオ(イ)および(ロ)の分離等、昨年使用した決算作業用スプレッドシートにも大きな変更が出る可能性が高いですね。最近入社したアクチュアリー候補生が実務基準を学習していた際、“未だに「イロハ順」を使っているんですね!”と目をキラキラさせながら新鮮な気持ちで素朴な感想を伝えられた際、保険業界に30年近く“どっぷり”と浸っている“濁った(=経験豊富な!?)”眼差しで若手社員と接する自分が、どこか恥ずかしい気がする今日この頃です。

 

(ペンネーム:活用算方)

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