書評(山内氏の保険数学)その1


山内恒人氏の『生命保険数学の基礎(東京大学出版会)』は、アクチュアリー試験の「生保数理」の副読本として極めて有名ですが、残念ながら、同会からは教科書や参考書には指定されていない模様です。
幸い、筆者も同氏の部下としてアクチュアリー業務に従事させていただけたことがあり、短期間ではありましたが、アクチュアリー的なモノの見方や考え方、そして何といっても副業を始めるコツ等、公私にわたって有益なアドバイスを頂戴できたことを今でも深く感謝いたしております。
そこで、今回のコラムでは、記憶を辿りながら上記書籍の特長やエピソード等を幾つかご紹介して参りましょう。

1.標準生命表に高度障害が含まれるか?

両目失明等の高度障害状態は、生命保険、特に死亡保険では「死亡」と同等に扱われることが多く、契約者保護の一種とも考えられます。
一方、同状態では被保険者が生存しているため、例えば、同状態を含まない人口動態統計等と予定死亡率を比べる場合、同状態を含むかどうかに注意する必要があります。
このように、生命保険の保険料計算に使用する「生命表」には、同状態を含むことが多いため、同保険の(標準)責任準備金計算に使用する生命表である「標準生命表」にも、同状態が含まれます。
しかし、「生保標準生命表2007(死亡保険用)」までの標準生命表では、当該生命表に「高度障害状態」が含まれることは不明確で、実際、冊子版の「生保標準生命表1996の作成過程 社団法人日本アクチュアリー会(1996年3月)」および「社団法人日本アクチュアリー会 会報別冊第228号 標準生命表2007の作成過程 2006年12月」には、基礎データに同状態が含まれることは明記されておりません。

筆者は2016年頃に監査法人に勤務し、いわゆる「アドバイザリー業務(非監査業務)」を主担当にしておりました。生保チームの一員でしたが、たまたま、損保チームが多忙となり、損害保険会社向けのコンサルティング業務の応援メンバーに抜擢されました。第三分野商品に関係した案件でしたので、満年齢用の死亡率を主務官庁(損害保険関係)へ説明した際、ご担当者から、“標準生命表には高度障害状態が含まれていないと聞いた。説明が間違っているのでは?”と質問され、慌てて上記資料等をチェックしたのですが、該当箇所が見つからず非常に困りました。

幸い、手元にあった山内氏の当書籍の6ページに、“生保標準生命表は高度障害状態を死亡とみなしてその率の中に含ませており”という記述を見つけることができたため、大急ぎで、該当ページを主務官庁へ報告した記憶があります。
なお、最新の標準生命表である「生保標準生命表2018(死亡保険用)」については、日本アクチュアリー会ホームページで一般公開されている資料「標準生命表2018の作成概要」の3ページ「生保標準生命表2018(死亡保険用)の作成概要 ②」の欄外に“※生保標準生命表2018(死亡保険用)は高度障害を含む死亡率である。(生保標準生命表2007(死亡保険用)も同様。)”との記述があります。
いずれにせよ、生命保険業界人として“当たり前”のことと思われている事実について、その根拠資料が見つからないことの“恐ろしさ”を痛感すると共に、山内氏の書籍の素晴らしさに改めて感動いたしました。

2.論文発表研究集会

2010年3月18日(火)の午後、今は亡き「こまばエミナース」で、平成21年度第6回例会・論文発表研究集会が開催されました。
https://www.actuaries.jp/lib/meeting/reikai21-6-siryo.html
当日は二部構成でしたが、第2部では、田中周二氏、山内恒人氏、海老崎美由紀氏、岩沢宏和氏、福田敬氏という“錚々たるメンバー”によるパネルディスカッションが開催されました。

幸い、業務の合間を縫って、第2部から参加できたのですが、山内氏曰く、
“出版社の常識として、学術系書籍の価格は「1ページ10円」が相場らしい。しかし、出来上がってみると500ページ近くになってしまい、3,500円という価格が先に決まっていたため、ページ数を伝えると担当者が涙目で、「会社(デスク)と相談します。。。」と言われてしまった。”
という風なエピソードが紹介されました。
当書籍を読むたび、このエピソードが蘇ると共に、“担当者がどのようにして「会社(デスク)」を説得したのだろう?”という疑問が湧いてきます。

3.可解な6次方程式?

上記の研究集会で山内氏のプレゼン資料の7ページにある連立方程式ですが、文字を消去して1つの変数についての代数方程式に変形すると、(残念ながら)その次数は「6」になります。

一方、一般的な代数方程式については、次数が「4」以下でなければ「解の公式」が存在しないことが知られていますので、正攻法では解決できないように思います。

ちなみに、アクチュアリー試験の教科書「モデリング」執筆者であり、数学オリンピックの日本チーム団長も務められた中央大学の藤田岳彦先生のゼミ生が、2013年11月2日に、当該連立方程式についての修士論文:“生命保険における三重脱退モデルと絶対脱退率に関する考察”を発表されていますが、ニュートン法を用いた「近似解」を与えるに留まっております。藤田先生の頭脳をもってしても解けない方程式は、かなりの難問と言わざるを得ません。

なお、専門的立場からは、例えば、“円(周等)分方程式(←「1」の根を解に持つ代数方程式)”が任意の次数「n」について代数的に解けることが知られていますで、「5」次以上の次数を有する代数方程式でも、決して解けないことはありません。まさに、アーベル、ガロア、ガウス等、偉大なる数学者が抱いた大きな数学的ロマンの1つが、この“代数方程式の可解性”と言えるでしょう。

4.初2年度定期式

当初2年間の責任準備金をゼロとしても良いという、責任準備金の積み立て方法のようでして、米国の医療保険等で認められている模様です。
アクチュアリー試験の「生保数理」では頻出論点である「初年度定期式責任準備金」も、見方を変えれば、当初1年間の責任準備金をゼロとしますので、まさに、“初1年度定期式”=“初年度定期式”となりますね。

なお、30年近く前の記憶では、例えば、定期付終身保険等に付加される医療関係特約の責任準備金(解約返戻金)もゼロになっていました。当時は、単に、“解約控除期間が2年”だと解釈していましたが、ひょっとすると、米国にならって、この“初2年度定期式”が採用されていた可能性もありますね。

5.臨界関数

アクチュアリー試験で「臨界関数」が登場するのは、例えば、
平成9年度 保険1(生命保険)問題1(3)

昭和51年度 保険数学Ⅱ 問題2

ですが、生保数理の教科書「第6章 計算基礎の変更」と同じタイトルである、「第12章 計算基礎の変更」で「臨界関数」が登場します。

特に、「臨界関数」は、“12.2リッドストーン~”の部分で登場しますが、日本アクチュアリー会の会報別冊第88号「計算基礎の変更と保険関数-Moserの定理をめぐって-1984年2月」において、“Lidstoneの定理の一般化”が54ページ付近で紹介されていますので、余力があれば、山内氏の書籍と並行して読まれるのもよいでしょう。

6.あとがき

“階下からは食事が冷めるので早く降りてこいという家人の声もする”というフレーズがあるのですが、アクチュアリー会の例会か何かの会合の帰路で、知人のアクチュアリーからは、「おめでとうございます!山内さん、結婚されたのですね??」と笑みを浮かべながら声をかけていただけました。部下として上司の婚姻情報に敏感になるのも不思議ではないのですが、翌日、恐る恐る、山内氏にその旨をお伝えしたところ、無言で微笑まれていたのがとても懐かしいです。

いかがでしたか。タイトルをご覧になり、“あれっ?”と思われた方がいらっしゃったかもしれませんが、近々“その2”を披露できればと鋭意準備中ですので、ご期待ください。

 

(ペンネーム:活用算方)

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