2025年はアブラハム・ド・モアヴルが「Annuity upon Lives」を出版して300年。余命は直線的に減るという仮説は、天文学者エドモンド・ハレーの死亡表がなければ生まれなかったと言われる。
1725 年刊行の「Annuities upon Lives」で、アブラハム・ド・モアヴルは「残りの生存者は毎年同じ数ずつ減る」という大胆な近似を提示した。ハレーが 1693 年にまとめたブレスラウ死亡表という観測データがなければ、この近似は紙上の思考実験に終わっていただろう。ド・モアヴルは統計的事実と幾何学的直線を重ね合わせ、「計算しやすさ」と「説明のうまさ」を両立させた。これは、確率論をビジネスへ持ち込んだ最初の成功事例ともいえる。
ド・モアブルが保険数理に残したインパクト
- 年金価値を初めて完全に数式化。生命保険会社が年金契約を机上でプライシングすることが可能に。
- 生存者は均等に減るというUDD(Unifrome Distribution of Deaths)仮定の原型。
- ギャンブルの期待値を定式化し、期待値という発想を保険料へ移植。
- 正規分布の発見。「正規分布は、かつて最初に定式化したと信じられていた人物に敬意を表して、ときにはガウス分布を呼ばれる。とはいえ、分布の式を最初に著したのはカール・フリードリッヒ・ガウスではなく、ガウス以前の数学者アブラハム・ド・モアヴルであった」(統計学を拓いた異才たち)
- 最終年齢というパラメータωの定式化。
ド・モアヴルは保険数理の計算を劇的に簡素化し、期待値という価値観を保険に定着させ、大規模リスクの統計近似を発見した。ここに保険数理が誕生したと言っても過言ではない。たった一本の直線でも、生命と確率を語るに足る。その線が引かれてから 300 年。ド・モアヴルが拓いた「保険数理」という実学は、今なおアクチュアリーの日常業務を形づくっている。
300年後のアクチュアリーへ
直線仮説は高齢者の死亡率を過小評価する。その弱点を補うために生まれたのがゴンパーツやメーカムの法則である。もちろん、ド・モアヴルの法則は、ゴンパーツやメーカムの法則と比べれば粗いモデルである。でも、パラメータが最終年齢一つだけという手法の手軽さは、パソコンがない時代には有用なものであった。近似は妥協ではない。
ド・モアヴルはハレーの死亡表を信じたわけではなく、統計は不完全だからこそ近似が必要だと考えたのかもしれない。モデリングはまずインプットするデータの品質から。これは現代のアクチュアリーにも通じる考えではないだろうか。
モデルはシンプルでよいのか?データ量と計算力が指数関数的に増えた今でも、ビジネス現場では「説明可能性」と「計算容易性」がしばしばトレードオフになる。ド・モアヴルが残した直線は、計算の簡便さだけでなく「不確実性に対処する文化」をもたらした。データを眺め、仮説を立て、簡潔なモデルに落とし込む――この思考様式こそが、保険数理の真髄ではないだろうか。
(ペンネーム:ceraverse)