原価とは


7月4日はアメリカの独立記念日、7月5日は大谷翔平選手の誕生日ですので、7月はアメリカの人々にとっても印象深い月といえそうです。
アメリカは代表的な車社会の国ですが、奇しくも、2021年7月4日のヤフーニュースで、“クルマの原価はいくら? 新車200万円なら原価は約45万円?”という見出しの記事に目が留まりました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3c177c34f7fada5132522c45c7c91c61eeb2a612
https://kuruma-news.jp/post/396858

毎月定例のコラム『気になるニュース』でも本件記事を軽く紹介しましたが、後述の通り、「生命保険の原価」という書籍もあり、また、アクチュアリー試験にも深く関係する事項ですので別コラムとして仕上げてみました。

それでは、日商簿記検定(工業簿記、原価計算など)および公認会計士試験(管理会計など)の受験時代を思い出しながら、思いつくままに「原価」に関連する事項をご紹介いたしましょう。

1.重視する財務諸表の違い

財務諸表で「(売上)原価」が登場するのは、損益計算書となります。
日本では損益計算書が重視されるのに対し、IFRSでは貸借対照表が重視されるようですので、将来的には、棚卸資産のような勘定科目を用いて、貸借対照表上で「原価」が表示される日が来るかもしれません。
https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/75/

2.損益計算書のひな型

生命保険会社の財務諸表は、保険業法施行規則第17条の5、第25条の2及び第59条に基づく別紙様式第7号などで規定されているので、生命保険会社に適用される会計は、「業法会計」と呼ばれることもあります。

一方、一般事業会社の損益計算書については、財務諸表等規則(=財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則)第69条第2項で、損益計算書は様式第六号により記載することが規定されています。

当該様式をご覧いただければ、損益計算書の中に『売上原価』という科目があり、生命保険会社の損益計算書とは全く異なる様式であることがお分かりいただけると思います。
https://elaws.e-gov.go.jp/data/338M50000040059_20210301_503M60000002005/pict/S38F03401000059_2105141505_007.pdf

3.製造原価報告書

財務諸表等規則第75条第2項に基づき、当期製品製造原価については、その内訳を記載した明細書を損益計算書に添付する必要があります。

また、税理士法人のホームページ(http://na-tax.jp/bookkeeping04.html)によれば、当該明細書を『製造原価報告書』と呼び、材料費、労務費、経費がどれくらいかかって当期の製品を製造できたのかが分かるようです。

なお、上記のホームページによれば、当該明細書の作成義務はありますが、作成様式については特に規定がないようですので、会計実務慣行に基づいて、各社(各業界)がそれぞれ独自の様式を作成しているのかもしれません。

4.原価計算基準

原価計算基準(昭和37年11月8日企業会計審議会)によれば、原価要素は『製造原価要素』と『販売費および一般管理費の要素』に分類されます。

このうち、「形態別分類」という基準では、『製造原価要素』が、材料費、労務費、経費に分類され、また、「製品との関連における分類」という基準では、原価要素を直接費と間接費に分類されます。

なお、経費は間接費に分類されるものが多いのですが、会計周辺の試験対策としては、例えば、『外注加工賃』は「直接間接費」の例として頻出論点のようです。

また、IFRSでは原価計算基準に対応するものはないため、IAS第2号「棚卸資産」で規定された定めに従って原価をとらえていく模様です。
https://www.shinnihon.or.jp/corporate-accounting/industries/basic/food-and-beverage/2009-09-25.html

5.萩原博子氏の書籍

『生命保険の原価(ダイヤモンド社)2000年6月15日初版発行』は、そのタイトルの“斬新さ”にアクチュアリーの“心”が大きく揺さぶられた衝撃を受けました。

特に、3ページ目の「はじめに」で、著者自らアクチュアリー会に赴き、死亡保険料算出のモトになる“生命表”と保険料の計算方法がわかる『保険』という本を買って、ご自身の保険料の計算をはじめられたようです。

ただし、アクチュアリー試験の教科書で『保険』という本は、第2次試験(専門科目)の教科書と思われますが、付加保険料率などの具体的な数値は記載されていないように記憶しています。
実際、本書籍の最後にある「参考文献」で、日本アクチュアリー会の本として『生保標準生命表1996』は記載されているのですが、『保険』という本は記載されていません。

なお、同じ著者の書籍「新版 生命保険は掛け捨てにしなさい」も、本書籍の最後のページで紹介されているのですが、知人のFPによれば、“『生命保険の原価』の42~45ページで、終身保険に比べて定期保険の原価が小さいことが記載され、掛け捨ての保険は(原価が小さいため)損というイメージが残る。
このため、掛け捨ての保険を勧めることは、原価が小さい(=経費が大きい)保険商品を勧めることとなり、一般消費者にとって混乱するようにもみえる。”という受け止め方もあるようです。

6.付加保険料の開示

ライフネット生命では、徹底した情報公開を目指されており、付加保険料の開示も情報公開の一環として行われている模様です。
https://www.faq.lifenet-seimei.co.jp/faq_detail.html?id=51006
https://www.lifenet-seimei.co.jp/about/
https://www.lifenet-seimei.co.jp/shared/pdf/insurance_table_2021.pdf

なお、2021年6月1日現在の情報が開示されているようですので、上述の萩原氏の書籍内容と付加保険料(割合)を比較してみるのも面白いかもしれません。

また、情報公開という視点では、マニュライフ生命が『健康診断書扱の引受基準範囲』を開示されています。
https://www.manulife.co.jp/ja/individual/about/betterservice/hcr.html
https://www.manulife.co.jp/ja/individual/about/betterservice/hcr/list.html

7.森本先生の原価

キャピタスコンサルティング株式会社の代表取締役である森本祐司氏が、「生命保険契約の原価は将来の保険金等支払や責任準備金繰入れなどの費用に基づき算定されるため、保険加入時点では原価はまだ確定しない」という趣旨の論文を、10数年前に某雑誌に寄稿されていた記憶があります。

また、日本アクチュアリー会資格試験の教科書「保険2(生命保険)第1章 生命保険会計」1-3ページには“会社の責任も全保険期間にわたっており、真の剰余は群団の消滅まで確定しない”との記述もあります。
つまり、事後的に損益が確定するからこそ、ユニットコストなどの「コスト係数」の設定が、プロフィットマージンなどの収益性指標と同様に、アクチュアリー実務として極めて重要な作業となるのでしょう。

いかがでしたか。自動車などの目に見える「モノ」に対する原価は、明確な会計基準が整備されているようですが、生命保険契約を含む金融商品・サービスの原価をどのように算定するのかは、その開示の在り方を含めてなかなか難しいように思えます。付加保険料の開示に続いて、保険料計算基礎率の開示に踏み切る保険会社が登場する日は果たして到来するのでしょうか。

(ペンネーム:活用算方)

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