ERMとは


アクチュアリー試験『保険2(生命保険)』の教科書『第4章 リスク管理』が、今年3月に新設されましたが、その中に気になる記述があります。それは、4‐13ページにある、

“万人に受け入れられる統一的なERMの定義はなく、またそうした定義はERMのコンセプトからしてありえないかもしれない。”

定義がない以上、少なくとも、“ERMの定義を述べよ。”という出題の可能性は低いものと考えられますが、逆に、

“貴君が考えるERMの定義を述べて、ERMを実践する上で、アクチュアリーとして留意すべき事項を簡潔に述べなさい。”

といった感じの出題は、あり得るかもしれません。

そこで、今回のコラムでは、筆者の手元にあるERM関連の書籍から、
1)そもそもERMの定義が書かれているのか?
2)定義が書かれている場合、どのように定義されているのか?
という観点で、記載内容をご紹介いたしましょう。

1.『統合リスク管理入門―ERMの基礎から実践まで』(ダイヤモンド社)

2008年9月19日第1刷発行で、60ページに以下の記述があります。

“私はERMを次のように定義したい。それは、企業価値を最大化するために、信用リスク、市場リスク、オペレーショナル・リスク、エコノミック・キャピタルおよびリスク移転を管理する包括的かつ統合的枠組みである。”

2.『損保 第10章 リスク管理』(日本アクチュアリー会)

平成21年7月改訂で、12ページに以下の記述があります。

“「ERMは、事業目的の達成について合理的な保証を提供するためのプロセスである。事業体に影響を及ぼし得る「潜在的な事象」を識別し、リスクをその事業体のリスク選好の範囲に収めるよう設計されており、企業戦略に織り込まれて企業全体に横断的に適用され、取締役会、経営者その他の従業員によって遂行される。」”

なお、上記の定義は、COSO(米国トレッドウェイ委員会支援組織委員会)に基づくようです。

3.『保険会社のERM「統合的リスク管理」』(有限責任監査法人トーマツ)

2012年4月26日初版で、ページに以下の記述があります。

“「統合的リスク管理」とは、保険会社の直面するリスクに関して、潜在的に重要なリスクを含めて総体的に捉え、保険会社の自己資本等と比較対照し、さらに、保険引受や保険料率設定などフロー面を含めた事業全体としてリスクをコントロールする、自己管理型のリスク管理を行うことをいう。”

なお、上記の定義は、(当時の)保険検査マニュアル(2011年2月改定)からの引用のようです。

4.『【全体最適】の保険ALM』(金融財政事情研究会)

平成25年7月16日第2刷発行で、132ページに以下の記述があります。

“保険会社のERMについては、保険監督に関する国際機関、格付機関、アクチュアリー団体等がさまざまなかたちで定義をしており、各機関によるERMの定義内容は必ずしも統一されていないが、全般的には「保険会社が保有するリスクを統合的に把握・評価し、当該保険会社の事業の目的を達成するための戦略的な枠組みである」といった概念での定義が定着しつつあるようである。”

5.『保険会社の「経済価値ベース」経営』(あらた監査法人)

2013年9月15日第1版第1刷発行で、3ページに以下の記述があります。

“ERMについての画一的な定義はありませんが,その取り組みの主な内容は,リスクを網羅的に特定・評価し,継続的なモニタリングを行うとともに,全社的な視点からそのリスクへの対応を決定していくことです。”

6.『保険ERM戦略-リスク分散への挑戦』(保険毎日新聞社)

2015年5月25日初版で、20ページに以下の記述があります。

“「ERMは、事業体の取締役会、経営者、その他の組織内の全ての者によって遂行  され、事業体の戦略策定に適用され、事業体全体にわたって適用され、事業目的の達成に関する合理的な保証を与えるために、事業体に影響を及ぼす発生可能な事象を識別し、事業体のリスク選好に応じてリスクの管理が実施できるように設計された、一つのプロセスである。」(八田進二監訳「全社的リスクマネジメント フレームワーク編」)”

なお、上記の定義は、COSOに基づくようです。また、同ページには、保険検査マニュアル(平成26年6月付)での定義も記載されています。(内容は上記3.と同じです。)

7.『経済価値ベースの保険ERMの本質』(金融財政事情研究会)

2017年11月9日第1刷発行で、44ページに以下の記述があります。

“ERMは、事業体の取締役会、経営者、その他の組織内のすべての者によって遂行され、事業体の戦略策定に適用され、事業体全体にわたって適用され、事業目的の達成に関する合理的な保証を与えるために事業体に影響を及ぼす発生可能な事象を識別し、事業体のリスクアペタイト (リスク選好) に応じてリスクの管理が実施できるように設計された、ひとつのプロセスである。”
  
なお、上記の定義は、COSOに基づくようですが、「2004年に公表した、内部統制を含む、より広範な領域をカバーするERMフレームワーク」である旨も付記されています。

また、45ページに以下の記述があります。

“ERMとは、あらゆる産業における組織が、短期および長期においてステークホルダーの価値を増大させるために、その組織が保有するすべてのリスクを評価、コントロール、活用、調達、監視するための原則 (プロセス) である。”
  
なお、上記の定義は、CAS(米国損害保険アクチュアリー会)の “Overview of Enterprise Risk Management” に基づくようです。

8.『ソルベンシー規制の国際動向―保険会社の資本規制を中心に』(保険毎日新聞社)

2020年10月25日発行で、29ページに以下の記述があります。

“ERMは、会社が業務遂行上のすべてのリスクに関して、組織全体の視点から統合的・包括的・戦略的な把握・評価を行い、企業価値等の最大化を図るリスク・収益管理のアプローチである。”

いかがでしたか。教科書の新設・改定直後は、当然、当該教科書からの出題可能性は高いものと考えられます。ERMは最近話題の重要なテーマでもありますので、出題内容はもちろんのこと、アクチュアリー試験委員の方々がどのような公式解答およびコメントを出されるのかも、注目されるところだと思います。
今回のコラムが受験生の皆様への参考になれば幸いです。

(ペンネーム:活用算方)

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