なぜ定年延長が「給付減額」になるのか


定年延長を検討している企業にとって、DB(確定給付企業年金)の制度変更は避けて通れない論点です。ところが従来の判定基準の下では、定年を延ばして加入者に有利な変更をしているはずなのに、「給付減額」と判定されてしまうケースが少なくありませんでした。これは直感に反する話に聞こえますが、給付減額の判定基準を正しく理解すれば理由がはっきり見えてきます。

2025年10月15日付で法令解釈通知「確定給付企業年金制度について」が改正され、定年延長等に伴う給付減額の取扱いが一定の前提のもとで緩和されました。今回はこの見直しを題材に、年金アクチュアリーがどのような論点を扱っているのかを紹介したいと思います。

なぜ定年延長が「給付減額」になるのか

まず、DBにおける給付減額の判定基準を押さえておきましょう。DBでは給付設計を変更する際、通常予測給付現価(将来の給付見込額の現在価値)や最低積立基準額(現在までの加入者期間にかかる給付額の現在価値)が減少する場合に給付減額と判定されます。この判定ロジック自体は通知改正の後も維持されています。

ここで注目したいのは、判定の基準が「絶対額」ではなく「現在価値」である点です。絶対額は据え置いたつもりでも、支給時期が後ろ倒しになると、予定利率で割り引く期間がその分延びるため現在価値は小さくなります。定年を60歳から65歳に延長するケースは、まさにこの構造にはまってしまうのです。

例えば、40歳時点から見て旧定年60歳までの割引期間が20年、新定年65歳までは25年となり、定年時給付額1,000万円のまま据え置いた場合、予定利率が2%であれば、通常予測給付現価は673万円から609万円へと減少します。

つまり、「定年を延長して加入者期間も延ばしたのだから、むしろ給付は手厚くなっているはず」と感じられる変更であっても、現在価値ベースで見ると減少しており、法令上は給付減額と判定されてしまうということです。

給付減額と判定されると何が大変なのか

給付減額に該当すると、通常の規約変更よりも厳しい同意手続きが必要になります。具体的には、加入者の3分の2以上の個別同意(または3分の2以上で組織される労働組合の同意)や、受給権者等の3分の2以上の個別同意などが求められます。

これは相当に重い手続きです。定年延長そのものは従業員にとって悪い話ではないのに、「給付減額」というラベルが付くことで労使交渉が複雑化してしまう。その結果、定年を延長してもDBの資格喪失年齢だけは60歳に据え置くといった中途半端な制度設計が選ばれるケースも多く見られてきました。

通知改正による見直しのポイント

こうした状況を受けて、今回の通知改正では、次の要件をすべて満たす場合に限り、例外的に給付減額として取り扱わないこととされました。

  • 加入者(受給権者を除く)の給付設計の変更であること
  • 通常予測給付現価が減少する加入者について、給付の「名目額」が増加すること
  • 通常予測給付現価が減少する加入者に係る最低積立基準額が減少しない、または少なくとも5年程度は最低積立基準額を保証する経過措置を設けていること
  • 通常予測給付現価が減少する加入者の3分の2以上で組織する労働組合の同意を得ること

ここでいう「名目額」とは、予定利率をゼロとして計算した通常予測給付現価を指します。割引の影響を除いた金額で見て増えているなら、現在価値ベースで減っていても例外的に給付減額として扱わない、という整理です。

ポイントは、判定ロジックそのものを変えたわけではなく、「一定の条件下で例外扱いする」という整理をした点です。受給権保護を原則としつつ、人事制度の見直しを阻害しないよう実務上の折り合いをつけた形と言えます。

一方で注意したいのは、労働組合がない企業や、加入者が組合員の3分の2に満たない企業では従来どおりの判定基準が適用される点です。すべてのDB実施企業が恩恵を受けるわけではなく、中小企業への対応については今後の検討課題として残されています。

年金アクチュアリーの仕事が見える論点

こうした場面は、年金アクチュアリーの仕事の性格がよく表れる局面だと感じます。制度を設計する側・判定する側の双方に数理計算が関わり、その結果が労使交渉や人事制度全体の設計に直結していきます。生保や損保のアクチュアリーが数理的な評価を軸に商品や責任準備金と向き合うのに対し、年金アクチュアリーは数理計算に加えて、制度・法令・労使合意という三つの要素の間で調整役を担うことが多いと私自身は感じています。

今回のような通知改正が出ると、アクチュアリーは顧客企業に対して「どのような制度変更なら給付減額手続きを回避できるか」「経過措置としてどのような設計が可能か」といった助言を行うことになります。制度の変化がそのまま自分の仕事の内容を変えていく感覚は、年金分野の面白さの一つだと思います。

まとめ

  • 従来の判定基準では、定年延長で給付の絶対額が据え置かれていても、支給時期の後ろ倒しによる現在価値の減少から給付減額と判定される場合があった
  • 給付減額に該当すると加入者・受給権者の3分の2以上の同意など重い手続きが必要となり、定年延長の阻害要因になっていた
  • 2025年10月の通知改正により、一定の要件(名目額の増加・最低積立基準額の保証・労働組合の同意など)を満たす場合に限り、例外的に給付減額として扱わない取扱いが導入された
  • ただし労働組合がない企業などには恩恵が及ばず、すべての実務上の課題が解消されたわけではない

年金アクチュアリーの仕事に興味を持った方は、厚生労働省の社会保障審議会企業年金・個人年金部会の資料や、信託銀行・生保各社の年金レポートを一度覗いてみてください。制度改正の議論がどのようなロジックで進んでいるかを知ると、この分野で働くイメージがぐっと具体的になるはずです。

ペンネーム:mizuki

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