アクチュアリー行動規範の改正


1月のコラム「2022年に起こること、起こりそうなこと」でご紹介した「8.アクチュアリー行動規範の改正」の中で、

“また、筆者の知識および経験を交えながら、当規範改正について深堀りした別のコラムを考えております”

と記しましたが、いよいよ、本件改正等の施行日である4月1日を迎えました。

そこで、今回のコラムでは、上述の“別のコラム”として、筆者の知識および経験を交えながら、当規範改正について思うところを深堀りしたいと思います。
なお、内容はすべて単なる個人的な見解であり、日本アクチュアリー会のご見解とは全く無関係であることを念のため申し添えます。

1.これまでの経緯

昨年9月15日に日本アクチュアリー会ホームページにて、本件が公開されました。
また、施行日の半年以上前に理事会で決議して、十分な周知期間を設けていただいた点も大変ありがたいです。

なお、当時のホームページには、以下の3つの資料のリンク先も貼付されております。
①アクチュアリー行動規範(改正後)
②アクチュアリー行動基準(制定)
③現行の行動規範と改正後の行動規範・行動基準との比較

特に、③の資料が、いわゆる“新旧対比表”になりますので、この機会に現行の行動規範を改めて読み返してみるのも、今後のアクチュアリー業務にとって有意義であると考えられます。

2.改正のポイント(その1)“基準”の創設

いわゆる実務基準をご存じの方であれば、例えば、
①生命保険会社の保険計理人の実務基準
②「生命保険会社の保険計理人の実務基準」解説書
という2段構成(ただし、実務ガイドを含めれば3段構成)であることを認識されていると思います。

今回の改正では、「アクチュアリー行動基準」が新設されましたので、実務基準の構成と比較した場合、「行動規範」+「行動基準」という2段構成になりました。

なお、「基準」という言葉から実務基準を連想して、「行動基準」の方が「行動規範」より上位に位置すると誤解されるかもしれませんので、若干の注意が必要ですね。

3.改正のポイント(その2)“基準”の役割

上述の③の資料の左上に、“視点(行動規範)”という欄が設けられており、その中に“C) 行動規範を実践できるか 具体的な内容は行動基準に移管”とあります。

つまり、行動規範を実践するための具体的な内容を行動基準に移管することで、アクチュアリー会会員が様々な場面で専門職として相応しい行動を実践できるように意図して制定されたのが“基準”の役割といえそうです。

4.改正のポイント(その3)“一般的に考慮すべき事項”を整理

新設された“基準”の第5条(業務の提供)4で、様々な業務を行う上で重要と考えられる以下の6つのポイントが整理されました。
(1) 重要性の評価
(2) データの品質確保
(3) 数理上の前提と手法
(4) モデルガバナンス
(5) 検証
(6) 報告

保険計理人が意見書などを作成する場合はもちろんのこと、アクチュアリーが商品開発、決算およびリスク管理など、様々な業務に従事する場合にも、これら6つのポイントを念頭においた業務遂行が極めて重要であることは言うまでもありません。

5.先輩アクチュアリーの後悔

以前、アクチュアリー会例会に参加した際、行動規範が話題になり、質疑応答のとき、先輩アクチュアリーから大変興味深いお話を拝聴いたしました。

“自分が行動規範の制定に携わった際、その後、他の専門職の行動規範で書かれている重要な事項が、アクチュアリー行動規範に抜けていることをとても後悔した。専門職として(正会員になった後も)業界のために尽力するという内容を、将来の改正時に盛り込めればよいと思う。”

という趣旨のご発言だったと記憶しております。
今回の改正・制定が「先輩アクチュアリーのご意向」に沿っているかは確認できませんが、貴重なアドバイスですので、早速、他の専門職種での規定を見てみましょう。

6.他専門職種との比較(その1)公認会計士

検索サイトで、“行動規範&公認会計士”で検索すると、特定の監査法人の行動規範がヒットしました。

一方、日本アクチュアリー会のような専門職団体としての行動規範に近いものとしては、日本公認会計士協会の「倫理規則」が見つかりました。

残念ながら、「先輩アクチュアリーのご意向」に近い規定はみつかりませんでしたが、ひょっとすると、「倫理規則」以外にも行動規範に準じたルールが日本公認会計士協会で用意されているのかもしれません。

なお、個人的に興味を惹いたのは、保険計理人などに求められる「独立性」に関連して、公認会計士としての「独立性」には、『精神的独立性』と『外観的独立性』の2種類あるという点でした。

“兎のような繊細な心で、常に冷静かつ客観的に自分自身を見つめることができなければ、真のスナイパーとは言えない”というゴルゴ13の名セリフが蘇ってきます。もちろん、公認会計士もアクチュアリーも“スナイパー”ではありませんが(笑)。

7.他専門職種との比較(その2)弁護士

検索サイトで、“行動規範&弁護士”で検索すると、先ほどと同じく、特定の法律事務所の行動規範(指針)がヒットしました。

一方、日本アクチュアリー会のような専門職団体としての行動規範に近いものとしては、日弁連(日本弁護士連合会)の「弁護士職務基本規程」が見つかりました。

幸い、「先輩アクチュアリーのご意向」に近い規定としては、例えば、

“第八条(公益活動の実践)弁護士は、その使命にふさわしい公益活動に参加し、実践するように努める。”

という条文がみつかりました。ひょっとすると、先輩アクチュアリーはこの条文をご覧になったのかもしれません。

なお、個人的に興味を惹いたのは、第七十条(弁護士は他の弁護士(中略)との関係において、相互に名誉と信義を重んじる)という条文でした。恐らく、裁判などにおいて原告および被告の弁護人として、弁護士同士が対立するケースを想定された条文だと思われます。
アクチュアリー同士も、お互いの名誉と信義を重んじるような振る舞いをしなければなりませんね。

8.他専門職種との比較(その3)医師

検索サイトで、“行動規範&医師”で検索すると、先ほどと同じく、特定の病院の行動規範(指針)がヒットしました。

一方、日本アクチュアリー会のような専門職団体としての行動規範に近いものとしては、日本医師会の「職業倫理指針」が見つかりました。

こちらも、「先輩アクチュアリーのご意向」に近い規定としては、上記PDFファイルの2ページ目に登場する「医の倫理綱領」のうち、

“5.医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。”

という条文がみつかりました。ひょっとすると、先輩アクチュアリーはこの条文をご覧になったのかもしれません。

なお、個人的に興味を惹いたのは、同じく「医の倫理綱領」のうち、

“4.医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。”

という条文でした。恐らく、セカンドオピニオンなどにおいて医師同士が対立(意見が分かれる)するケースを想定された条文だと思われます。

さらに、弁護士の場合よりも強い規定ともみえる「医療関係者と協力して医療に尽くす」の部分について、アクチュアリーの場合には、「契約者を含めた保険契約関係者と協力して健全な保険運営に尽くす」という感じだと思います。

いかがでしたか。まん延防止法も全面解除される中、大地震、ウクライナ情勢、経済価値ベースのソルベンシー規制など、様々な場面でアクチュアリーの専門職としての力量が試される時代になりました。保険制度の健全性確保はもちろんのこと、契約者価額・配当などにおける公正・衡平(公平)性の確保、保険・年金制度の持続・維持などにも配慮しつつ、今回の行動規範改正がよいきっかけとなることを切に願っております。

(ペンネーム:活用算方)

あわせて読みたい ―関連記事―