保険会社を破綻させない――。専門職としての倫理観を持ち続けることが大事


―アクチュアリーになろうと思ったきっかけは何でしたか?

大学卒業後に入社した損害保険会社で、先輩から(アクチュアリー試験を)受けてみたら? とすすめられたんです。アクチュアリーを目指そう!という積極的な姿勢はあまりなく、軽い気持ちで1年目に全科目受けてみたら、当然ながら、全滅(笑)。真面目に勉強しなければ…と気合を入れなおし、5年かけて正会員になりました。
大学入学の頃には研究者としての道しか考えていませんでしたが、まじめに勉強しなかったのでとても大学院を目指すわけにはいかないと思い、損害調査の仕事に魅力を感じ損害保険業界に進みました。

―これまで手掛けてきた仕事を教えてください。

入社して最初に配属されたのは商品部門でした。保険の引受業務(個別案件の引き受けが可能かを判断する業務)や、損害保険商品についての社員からの照会対応、代理店向けの情報誌の原稿作成など、アクチュアリーの仕事はしていませんでしたね。
アクチュアリーの面白さを知ったのは、3年目。新しく生命保険会社を作る準備をする部門に異動し、そのまま新会社に出向しました。全員で100人ほどの小さな会社で、商品開発から決算まであらゆるアクチュアリー業務を担当することになったのです。「自分の狙った通りの答えが出る」「データ分析の仮説が当たっている」といった素朴な面白さを実感したのはこの頃です。保険会社の設立には、保険料や責任準備金の算出方法を書いた書類等を当局に申請し、認可を得る必要がありますが、その準備業務も日々学ぶことばかりで非常に新鮮でした。
さらに、その5年後には、親会社の合併により、設立した生命保険会社を清算することになりました。短期間のうちに、保険会社を作ってたたむところまでを経験するのは、そうあるものではありません。とても貴重な機会に恵まれたと思っています。

―現在の仕事内容について教えてください。

今は、会社のリスクをどう計測するかという、計測手法のモデル設計を担当しています。誰も答えを持っていない中、国内外の最先端の研究や実務を調査し、経営判断の土台となるリスクの計測手法を立案していきます。色々な制約はありますが、そのなかで理想と考える姿にいくらかでも近づけることができたときには大きな喜びを感じます。
最先端の研究論文はすべて英語で書かれているので、語学力は大切。自力で読めなければ、誰かが日本語に翻訳するまで待たなければならず、それでは常に最新の情報に触れられません。海外の子会社の経営者や実務家と意見交換をしたり国際会議に出席したりといった機会もあるので、聞く・話す力の必要性も痛感しています。

―アクチュアリーとして活躍するために、どんな力が必要だと思いますか。

「コミュニケーション力」と「専門職としての倫理観」ですね。
アクチュアリーの最大の役割は、「保険会社を破綻させない」ことにあると思います。保険契約者との契約を守れなければ、保険会社は成り立ちませんし、保険制度への信頼そのものが崩れると保険制度自体が成り立ちません。先にお金を払っておけば事故の際には必ず保険金が支払われるという信頼の上で、保険業は成立しているのです。ですから、アクチュアリーは何よりも、“保険契約者との約束を遂行するために”という倫理観を持って、仕事をしなければいけません。ときに、会社に対して厳しいことを言う必要もありますが、指摘を躊躇して会社が破綻すれば、犠牲になるのは保険契約者である。その原点に常に立ち戻る必要があります。厳しい指摘に耳を貸してもらうために、普段から周りとのコミュニケーションを心がけ、信頼関係を築いておくこともとても大切です。
また、アクチュアリーはその専門性の高さゆえ、仕事の限界を自分で決めることができる仕事だと思います。本当はもっと緻密な分析ができるのに、「分析はここまでが限界です」と報告することもできるかもしれません。だからこそ、自分の中に、専門職としての倫理観を持ち続け、自分が必要と判断したレベルまではとことん調べ尽くし考え抜く姿勢が大切です。知的好奇心と、自分が納得するまで突き詰める執念、何よりも、それが苦にならない“好き”な気持ちが重要ですね。

―今後、アクチュアリーとして手がけたいことはありますか。

日本のアクチュアリー界から海外に向けた情報発信が増えるよう、仕組みづくりをしていきたいですね。1999年に日本アクチュアリー会が設立100年を記念して、国内で国際会議を開いたことがあります。私も参加しましたが、日本からの研究発表の少なさを残念に思ったのを覚えています。それから約15年経ちましたが、まだまだ、日本人が書いた論文は少なく、国際アクチュアリー会の研究発表会でも、日本人が意見を活発に発信する機会は多くありません。
数年前から、国際アクチュアリー会の論文誌の概要部分を翻訳し、日本アクチュアリー会のジャーナルに掲載する取り組みをしていますが、これからは、その情報の蓄積をもとに、国際的な研究動向を踏まえたうえで新たな情報発信をするというフェーズに入っていきたいと考えています。日本のアクチュアリーが海外で論文発表することを組織的にサポートしていきたいですね。

*プロフィール*

渡邉 重男さん

MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 リスク管理部 定量管理チーム 次長。日本アクチュアリー会正会員、CERA、日本証券アナリスト協会検定会員。1994年入社。学生時代は、京都大学理学部にて宇宙物理学を専攻。

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