ディスクロージャー資料(生命保険会社編)


毎年7月に、ディスクロージャー資料(公衆縦覧資料)(以下、「ディスクロ」という。)が生命保険会社から公表され、『○○生命の現状』という風なタイトルが付されることが多いようです。

そこで、今回のコラムでは、生命保険会社のディスクロのうち、特に、アクチュアリーと関係が深い項目について、幾つかご紹介いたしましょう。
なお、個人的な見解なども含まれますので、当コラムをお読みいただく際には、その点をお含みおきいただけますと幸いに存じます。

1.根拠条文

保険業法第111条で、保険会社は事業年度ごとに業務及び財産の状況に関する事項を記載したディスクロを作成し、所定の場所に備え置いて公衆縦覧しなければならないことが規定されています。
また、同条第3項でディスクロは電磁的記録をもって作成できることが規定されていますので、保険会社のホームページでディスクロを公開されることが多くなっています。

なお、公衆縦覧という目的から、元々、紙媒体でのディスクロを本支店などに設置することを想定していたようですが、同条第4項では、電磁的記録で作成した場合に、同条に定める所定の措置を図れば、公衆縦覧に供したものとみなされます。
したがって、事務負荷などを考慮すれば、電磁的記録でのディスクロの作成・公開は今後も継続されるものと思われます。

2.記載事項

保険業法第111条では、ディスクロの記載事項についても規定があり、同条第1項で、“内閣府令で定めるものを記載”することが規定されています。
具体的には、保険業法施行規則第59条の2第3項ハの別表で、例えば、『保険契約に関する指標等』のうち、『三 個人保険、個人年金保険、団体保険等の区分ごとの解約失効率』などが規定されています。

一方、生命保険協会による開示事項もあり、例えば、1ページ目に記載の通り、死亡率などが“法律で開示することが定められている項目以外の項目”となります。
将来収支分析などで必須項目である、解約失効率や死亡率が、ディスクロにおける根拠規定が異なるという結果は、なかなか興味深いですね。

3.第三分野保険の給付事由又は保険種類の区分ごとの、発生保険金額の経過保険料に対する割合

かなり長いタイトルが付された項目ですが、第三分野保険のストレステストが平成18年5月1日から施行(※1)されたことに合わせて、2006年度決算から開示項目となりました。(※2)
なお、当該部分の表中で、“第三分野発生率”という表現が登場しますが、“発生率”というよりは、“発生指数”と呼んだ方が、アクチュアリーにとっては馴染みやすいかもしれません。
ただし、当該割合の分母は経過保険料となりますので、責任準備金(保険料積立金)の積立て財源である『貯蓄保険料』を含むため、通常の支払指数(=経験支払÷予定支払)の分母に比べると、当該分母は大きくなります。

一方、当該割合の分子は、保険金等支払額をベースに、支払備金繰入額(IBNR備金を除く)および保険金等支払に係る事業費を含むため、通常の支払指数の分子に比べると、当該分子も大きくなります。
つまり、配当計算などにおいて通常の支払指数を計算する場合、当該割合との大小関係を慎重に検証する必要があります。
なお、当該割合は100%を大きく下回ることも少なくないため、お客さまなどから、“儲けすぎ”というご意見が出た場合の対応策も、きちんと整理しておく必要がありますね。

例えば、有配当契約であれば、“契約者(社員)配当として将来(一部を)還元”という対応が考えられますが、無配当保険の場合は配当還元の機会がないため、保険料の引き下げ圧力が高まることも考えられますので、どう応えるかについては、より慎重に検討する必要があるように思えます。
※1 https://www.fsa.go.jp/news/newsj/17/hoken/f-20060210-1/01_2.pdf
※2 https://www.nli-research.co.jp/files/topics/37213_ext_18_0.pdf?site=nli

4.経験死亡率&発生率

死亡率などの保険事故発生率を分析する経験を長年やっていると、ある一定の法則のようなものが存在することが分かってきます。
例えば、普通死亡(災害+疾病による死亡)率が“千分の三”くらいで、災害死亡率はさらに1桁小さい“一万分の三”くらい、また、疾病入院率が“百分の三”くらいで、災害入院率が“千分の三”くらいといった感じです。
また、これらの結果から、災害と疾病による発生率の比がほぼ1対10くらいになることも把握できるでしょう。

実際、日本生命さんのディスクロ『日本生命の現状2021(※)』の77~78ページをご覧いただければ、少なくとも死亡率について上記の結果がほぼ妥当であることがお分かりいただけるかと存じます。また、入院については、当該ページの数字には平均給付日数が加味されているものと推測されますので、例えば、20~30日くらいを平均給付日数と考えて発生率をこの日数で除した場合、やはり、上記の結果がほぼ妥当であることがお分かりいただけるかと存じます。
いずれにせよ、専門職としては、保険事故発生率がおおよそ何桁くらいになるのかは、アクチュアリーの勘所の一つと言えるかもしれません。
https://www.nissay.co.jp/kaisha/annai/gyoseki/pdf/2021/disc2021_02.pdf

5.都道府県データ(←インシュアランス生命保険統計号にはあるが)

ディスクロや決算状況表にないデータが、生命保険協会および一般誌(例.インシュアランス生命保険統計号(保険研究所)など)から公開されていることをご存じでしょうか。
具体的には、都道府県別のデータ(例.新契約高、保有契約高など)です。
実際、生命保険協会の『2021年版 生命保険の動向』(※)の12~13ページをご覧いただければ、都道府県別の新契約および保有契約データがお分かりいただけます。
また、保険研究所の『インシュアランス生命保険統計号』でも、都道府県別のデータが掲載されております。

なお、生命保険協会からも主務官庁に決算データが提出されている可能性がありますので、仮に、決算状況表に含まれていないデータがあったとしても、主務官庁としてはすべての決算データを把握していることは十分考えられます。
もっとも、損害保険契約と異なり、生命保険契約では、地域別料率は考えにくいため、都道府県別のデータがもつ意味合いは損保の方が重要なのかもしれません。ただし、一定の地域に保険契約が集中している場合には、生命保険といえども、ある種の“集中リスク”が存在するかもしれませんので、この場合は注視が必要ですね。

また、各保険会社における「都道府県」の定義が統一されていない可能性もあります。例えば、引っ越しの際に、都道府県を正しく異動できているのか等、気になるところですね。
https://www.seiho.or.jp/data/statistics/trend/pdf/all_2021.pdf

6.ERM

保険会社に限らず、一般事業会社においてもリスク管理はますます重要になることから、いわゆる“ERM経営”が求められているように感じます。
したがって、保険会社はもちろんのこと、銀行・証券などの金融機関、携帯キャリア、メーカーなど、様々な業種のディスクロを比較しながら、業態ごとのリスク管理の違いなどを分析することも、保険実務だけでは見つかりにくい新たな発見があるかもしれません。

少なくとも、“保険会社は保険業界だけのルールを順守していれば問題ない”というような、“井の中の蛙的な思想”からは、いち早く脱却する必要があるでしょう。

いかがでしたか。言うまでもなく、ディスクロは、会社の顔ともいうべき極めて重要な位置づけですので、内容はもちろんのこと、“てにをは”に至るまで、各社の精鋭達が入念にチェックを入れた格調高き文章の集合体です。

また、契約者以外の方々でも、会社の財務内容など、かなりの部分が把握可能ですので、是非、一読されることを強く推奨します。さらに、アクチュアリー試験の教材としても大いに活用できるため、例えば、各社のディスクロ(の特定部分)を横並びで比較してみるのも大変有意義であると考えます。

(ペンネーム:活用算方)

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