あれから10年経ちました


今から10年前の2011年は東日本大震災が起こった年ですが、以前のコラム(https://www.vrp-p.jp/acpedia/1696/)でご紹介しました通り、ガバメント・アクチュアリーで在られた浅谷輝雄氏が逝去されたのもその年でした。今年の10月18日で御逝去から丸10年になります。

上記コラムでもご紹介しました、浅谷氏のブログ『浅谷輝雄SOHOからのメッセージ』は、残念ながら今では閲覧できないようですが、幸い、その一部の記事を画面印刷したものが奇跡的に手元にありました。

そこで、今回のコラムでは、当該記事に基づき、『逆ざやの開示』に関する同氏のご見解をご紹介いたしましょう。(著作権の関係でブログの全文をご紹介できない点を何卒ご容赦ください。)

なお、以下の“ ”の部分が、ブログからの引用箇所となります。(ブログでは、「逆ざや」と「逆ザヤ」という2通りの表現が登場しますが、原文ママで引用します。)

1.ブログのタイトル

タイトルが、“逆ザヤ額の変な算定とそのディスクロージャー問題”となっています。
恐らく2つのこと「逆ザヤの算定方法」、「情報公開の在り方」について、ブログで見解を述べたいとのご意向をお持ちであったものと推測されます。

現在では、基礎利益の内訳として『3利源の開示』が進んでおりますが、幸い、植村信保氏の論文(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsis/2009/604/2009_604_604_61/_pdfの10ページ、資料上は70ページ)で、過去(なんと1987年度から!)の3利源の実例も公開されておりますので、是非、ご一読ください。

2.ブログの掲載時期

ブログ中、“99年6月18日付のニッキン紙に「逆ざや額に2重の仮面」という記事が掲載され、 からかわれている。確かに記者には分かり難い。”とあります。
浅谷氏のブログは毎週月曜日に更新されていた記憶がありますので、1999年6月18日が金曜日であったことを考慮すれば、最短で、1999年6月21日のブログにアップされた可能性があります。

97年4月の日産生命の破綻以降、生命保険会社として2社目の破綻となる東邦生命が99年6月に破綻しましたので、「過熱するマスコミ報道?」と「逆ざや額を小さく見せて健全性をアピール?」という2つの大きな力が激しく鬩ぎ合っていた頃かもしれません。

なお、ブログで、“からかわれている”と表現されていますが、新聞記者の御立場からすれば、決してからかっているはずはなく、(キャッチーな見出しを付しつつ)読者のためにできるだけ平易な記事を展開しようとの試みであると考えられます。

3.逆ざや額の算定方法

ブログ中、“逆ザヤ額の算定方法は(中略)「最低責任準備金=当然にチルメル式」をベースに示した利源分析の算定方式によるのが、今でも正しいと思うが、純保険料式責任準備金をベースにした「利差損」では、損益会計の期間利益 (相互会社の剰余金)が歪められる”。とあります。

生命保険会社の決算部門での勤務経験があれば、決算状況表の利源分析表が、「保険料計算基礎率に基づく5年チルメル式責任準備金」で計算されることは予備知識の範疇ですが、会計上の期間損益を歪めないようにするために、生保数理で学習した新契約費の(早期)償却、すなわち、(保険料計算基礎率に基づく)チルメル式責任準備金の採用が不可欠であるという点に着目されます。

4.ダブルスタンダード?

ブログ中、“契約者配当算定の際に、配当基準利回りを予定利率が超える部分(一種の逆ザヤ)から、死差益配当と費差益配当とを控除して、利差のマイナスを埋めきれない契約の金額(当然マイナスの金額)の合計額を逆ザヤ額だとしていることを教えて貰った。” とあります。

『逆ざや額』が必ずしも利源分析上の『利差損益』に一致するとは限らないという点で、開示当初における業界内外の混乱ぶり、そして、逆ざやに対する浅谷氏ご自身の見解と実態との相違など、当時の状況を伺う上で大変興味深い一節です。

5.“2重の仮面”の正体

ブログ中、“死差益配当と費差益配当を控除することにより、逆ザヤ額を大きく過小評価していることと、配当対象責任準備金を用いていること(三年目配当契約の場合は、算定期間を半年ほど前にずらしている)から利差のマイナスを二重に過小評価していることになろう。” とあります。

つまり、『他利源による補填』と『(半年前の)低い負債評価』というダブル効果により、本来の『逆ざや』が過少評価されているという記事内容であると推測されます。
いつもながら、経済紙記者の取材能力の高さには、本当に頭が下がります。

6.幻と消えた予定利率引下げ法案

ブログ中、“死差益配当と費差益配当を控除する前の金額だと(中略)利差損の額は、2兆円を軽く超えるだろう。既契約に遡及して予定利率を引き下げたい、業界の熱望を国民に理解して貰うには、むしろこの膨大な逆ザヤ額の実態をディスクローズした方がよい” とあります。
いわゆる『相沢発言(https://www.fsa.go.jp/frc/gaiyou/gaiyou_02/ga075.html)』による、予定利率引下げについて、当時、民法上の『事情変更』を根拠にして、『破綻するよりマシ』というお題目で活発な議論がなされていた記憶があります。

高予定利率と低予定利率の契約者間の公平性、また、(結果論ですが)その後の破綻処理による契約者の損失を鑑みた場合、この『破綻するよりマシ』という理念は、一部のシンクタンクなどで受け入れる意見も出されたように記憶しておりますが、残念ながら(?)成案に至りませんでした。

7.契約者間の公平性

ブログ中、“さらに、逆ザヤの問題は、業界方式の逆ザヤ額が逆ザヤのでていない保険契約からファイナンスされていることを示し、この状態が長く続けば、契約者間の公平性からも大きな問題であることを経営陣と監督官も懸念すべきであるのだが。” とあります。

いわゆる、契約者配当における主特通算、つまり、特約付契約の契約者配当は、主契約と特約の損益を通算した利益(剰余)に基づき行う、という概念と類似した、『逆ざや契約にかかる損失は、まず、自らの他利源で補填するものの、最終的には順ざや契約からの利益でも補填される。』という収益構造を示した上で、『逆ざやの長期化が契約者間の公平性を大いに棄損する。』ことを、過去に保険行政に従事された者の一人として心配されているお姿です。

このように、主務官庁を退職された後も、常に、保険業界やお客さまのことを気にかけてこられた浅谷氏の熱意に、改めて敬服するばかりです。

いかがでしたか。現在では、いわゆる『3利源の開示』が定着しましたので、生命保険会社の決算数値として、逆ざやを含む『基礎利益の内訳』が定番となり、また、高予定利率契約の満期が進んだことで、大手生保でも『順ざや』に転じています。

情報開示はもちろん重要ですが、何でも開示すればよいというわけではなく、その情報の定義や意義などを含めてわかりやすく開示することも保険会社の重要な使命の1つだと思います。

(ペンネーム:活用算方)

あわせて読みたい ―関連記事―